Share

第二話 ⑥

Author: 上守葉
last update Last Updated: 2025-12-12 20:00:57

 ご当主様は「そろそろ引退時だと思っていた」「宗一郎そういちろうならばもう大丈夫じゃろう」と、なんでもない事のように仰った。

 隣りに座るとばり先生の視線には気付いていたようだったが、手をひらひらさせて黙らせるばかり。

 ご当主様からの評価は有難いが──俺はまだ二十になったばかりの若輩だ。

 明神に来て10年。

 次期当主としての教育も欠かさず受けてきたが、だからといって「俺ならば大丈夫」なんて言えるわけもない。

 そもそも、ご当主様は本来燈老とうろう議会に居るべき存在だ。

 ここで「当主」という地位を譲渡したならば、今度こそご当主様は議会へと行ってしまうだろう。

 燈老議会に入る「元当主」たちは、安全性の高い結界が張られた屋敷に住むことになるのだ。

 となれば、明神の決定は全て、俺が下す事になる。

 当主がおかしな決定を下さぬように、帳先生の存在が居るのはわかっている。

 わかっているが、やはり俺にはまだ荷が重いのではないかと思わずにはいられ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 灯火の番   第十三話 ④

    「大丈夫~? 日向子ちゃん」「は、はいっ。なんか、武器を持っている夜住は少し、硬かったです」 そのまま走って、やっと先生の立っている倉までたどり着く。 俺達が走った跡は、白い雪の上に夜住の煤が地面に散ってまるで黒い道のようだ。 しかし倉に近付けば周囲には雪がなく、冷え切っていた頬をじわりと熱が撫でる。 結界。さっき先生が言っていたのはこういう事かと、倉を見上げた。「武器持ちのはねぇ、なんか堅いんだよね。僕も前は手がビリビリしたもん」「……武器持ちの夜住は、色はより黒いですもんね。やっぱ濃さって関係あるのかな」「黒い?」 本当に結界の中には夜住は入ってこれないのか、と、懐紙で刀を拭いながら本当に意識せずに言った俺の言葉に、日向子と神風さんが首を傾げる。 おや、と俺も2人を見ると、先生はにっこりと笑っていた。「ソウちゃん。濃さってどゆこと?」「え? いや、武器持ちと、それ以外の色です。武器持ちは真っ黒で、それ以外は少し薄いから……」「……色の違いなど、我々にはわかりません」「は、はひ」「は?」 いやでも、あんなにハッキリ違うのに。 俺はまた夜住どもを見て、先生たちを見た。 夜住どもは、俺達の話し声に反応してかズルズルと武器や己の足を引き摺りながら、近付いてくる。 その数は多少の増減はあれどまだいっぱい居て──遠目からでも、色の差ははっきりと分かった。  冷静に見返してみれば、夜住の黒には段階がある。 薄い黒から、濃い黒へ。 ──でも、そうだ。今までは夜住と戦うのは夜だったから、その変化なんか気にしてなかった。 またパッと右目に手を当てると、顔に当てた手がジリリと熱を持つ。 夜住には色の違いがある。 でもその違いは、俺にしか、わからないのか?「ソーウちゃん」 ジリジリと熱をもってジンジンし始める指先を、先生がつまんだ。

  • 灯火の番   第十三話 ③

    「おーい三人とも、こっちこっち。全部相手しなくていいよー」 緊張を帯びていた身体に、いつの間にやら随分と遠くまで行っていたらしい先生の声が聞こえてくる。 先生を見上げようとして、視界の端を日向子が殴った夜住が吹っ飛んでいった。「こっち、結界あるから。相手はそこそこでいいよー」「放置しておいていいんですか?」「どっちにしろ、神守の敷地からは出られない。そういう風になってるから」 おいでおいでと先生が招いているのは、廃墟の中で唯一残っている倉だ。 かなり古い形式の倉は、足元が一段高くなっていて、まるで雪国のそれのようだ。 俺は、日向子の後方にいた神風さんに視線を向けてから、先生の方を見る。 先生の居る倉まで行く間にも、夜住はまるで道を塞ごうをするようにヨロヨロと歩いていた。「日向子、頼めるかい」「はいっ! お任せ下さいっ!」「えっ、いや俺が……」「直線上に行くなら、君より日向子の方が得意だ」 なんでもないことのように言う神風さんに、にっこりと微笑む日向子。 彼女は笑顔を浮かべながらも、背後から近付いてきていた夜住を後ろも見ずに煤と散らしていた。 日向子の拳が、眼の前に立っていた薄い方の夜住の頭部を一撃で消し飛ばす。 殴り飛ばすとか、叩き潰すとかそういうレベルではない。 灯守としての力を込めた赤い拳鍔は、その膂力を発揮した瞬間に夜住の頭部から上半身までを消滅させていた。 腰に下げている角灯がチラチラと揺れる程度なのは、彼女の重心がしっかりと地についているという事。 今まで見てこなかった日向子の一面に、正直驚きは隠せない。  だが今は驚きよりも、頼もしい。 そのまま倉に向けて走る日向子の後ろを、神風さんと、殿に俺がついて走る。 神風さんの得物は弓だ。 俺は前に出て戦っていたからその腕前のほどは知らないが、日向子が前に出て戦うのなら相

  • 灯火の番   第十三話 ②

     ジリジリと、眼球が裏側から焼かれているかのように痛む。 こんなこといままで無かったのに、目を開いていられないほどに、熱い。「明神流華炎術──」 その熱は、どれだけ刀に体温を移しても変わらずに頭の奥にある。 この熱のせいなのか、どうなのか。 痛む目を細めて見る世界の中には、まるで夜住が2種類居るかのように見えた。 真っ黒なヤツと、うっすら透けているヤツだ。 どちらも同じ夜住なのは分かるが、多分真っ黒な方が強いのだろうと、わかる。 実際には、勘だ。 真っ黒い方に武器を持つ夜住が多いから、勝手にそう思っているだけ。 これだけ数が居ると、最早それしか判断材料がないんだ。 武器を持った夜住が、刃毀れしている刀を振り下ろしてくる。 キィンッ 甲高い音は耳の奥から脳にぶつかって、ビリビリと指先から抜けていく。 冷たい指先はその振動だけで刀を取り落としそうになるが、落としそうになった刀は順手と逆手を持ち替えることでなんとか手の中に戻す。 この真っ黒い武器持ち夜住は、力が強い。 筋肉という概念が失せているからこその攻撃の重さ、なのだろう。 そんな事、今まで考えたこともなかった。 「爛打っ」 もう一度攻撃するために刀を振りかざす武器持ちたちに、刀と炎を連続で叩き込む。 一撃目で刀で斬り、二撃目に炎を乗せ、翻した刀をもう一度ぶつけ、最後に火花で煤を散らす。 多少雑に打っても複数居る武器持ちどもの誰かには当たるくらいには、武器持ちたちは多かった。 この量の武器持ちたちの攻撃を一度に受けたら、危なかったかもしれない。 額に、ぬるい汗が滲む。 ギャリッ 爛打の一撃を逃れた武器持ちの刀が振り下ろされて、嫌な音を立てた。 刃毀れしているどころじゃない。 すでにカビと錆でボロボロの、持ち手が今にも崩れ落ちてしまいそうな刀だ。 それでも、何度も連続で振り落とされれば、厄介だ。 

  • 灯火の番   第十三話 廃墟の煤、残酷な闇

    「炎舞!!」  強く足を踏み込み、巻き起こった風に火花をまとわせる。 広範囲に放った炎の柱は、意志を持っているかのように踊りながら、夜住を食らった。 回転しながら移動する炎は、夜住を捩じ切りながら進み、消えていく。 巻き込まれて煤を残し散っていく夜住はみな小型で、ただの黒いモヤでしかない者もあれば人の形をした者も居る。 神守の屋敷跡。 入口の石の鳥居は崩れ、外門は焼け落ちて屋敷の原型も残っていないそこ。 大きな屋敷があったのだろうという痕跡はただ何も無い空間が広がっているから、というだけのそこには、とんでもない数の夜住が集まっていた。 到着したのは昼過ぎ。 車の中で軽く食事もしたから、あと数時間で夜になるだろうが、まだ空には太陽が残っている時間帯。  だというのに、この夜住の数はなんだ。 先生の祝詞の乗った刀を振るえばあっさりと死んでいくくらいの強さだが、それにしても数が多い。 それに、数が多いだけに厄介なものも混じっていて、外套の下の身体はすでに冷や汗が滲んでいた。「日向子、あまり先行しすぎるなよっ」「はいっ!」 両手に拳鍔を握り込んだ日向子は、一番先頭で夜住を殴り飛ばしている。 彼女の持つ武器を見た時に俺と帳先生は目を丸くしてしまったが、腰を落として黙々と夜住を殴っている姿は、意外と様になっていた。 だが、彼女はこのメンバーの中で一番小さく、華奢なのだ。 武器は意外なものだったが、だからといって前に出しすぎるのも危ない。 何より、俺より前に出てアレに遭遇されても、困る。「くっ!」 脇から飛び込んできた夜住の一撃を、左手の脇差しで受け止める。 甲高い金属がぶつかり合う音と鉄臭さ。 即座に逆手に持ち替えた太刀を横薙ぎ一閃、夜住を腹から掻っ捌く。 左手には、ビリビリとした痺れが少しだけ、残った。 武器を持つ夜住、なんて。 今まで遭遇したことがない。

  • 灯火の番   第十二話 ④

    「──神守先生」「神守はもうないよ」「だって、返事してくれなかったじゃないですか」「あれ、意地悪されてたかぁ」「意地悪じゃ、ないですよ」 俺は子どもだった。 幼かった。 目覚めた先生に言われた言葉の意味もわからず、連絡を受けて迎えに来た明神の遣いが両親に頭を下げているのも、ぼんやり見ているしかなかった。 でも、あぁ、ただ── ただあの時、「一緒に行けば、この人と離れなくてすむのかな」なんて、それだけを考えていて。 その何も考えなかった結果が、今だ。「先生、俺は」「いつもみたいに呼んでよ」「……帳先生」「はぁい」 先生は、やっと振り返ってにっこりと笑った。 その笑顔が嬉しくて、でもその瞳が俺を見ているようで見ていないのにも、気付いてしまって。「先生、俺は──俺は、あなたを助けられますか」  無意識に、右目をぎゅっと、おさえていた。 ──俺は、あなたを助けられますか。 その問いに、帳先生は答えてはくれなかった。 いつもの仮面みたいな笑顔を浮かべて、軽く口を開いてからまた閉じて。 そうして「早く帰ろ」とだけ、言った。 明神に戻っても用意するのは新しい防寒具と、先生に持っていけと言われた懐紙と飲み水くらいのもの。 先生は腰に下げた革鞄に簡単な食べ物をぎゅうぎゅうに押し込んで角灯の火種を新しくしていたが、それだけ。 他に何かを用意する前に神風さんと日向子が車で到着して、俺たちはそのままその車に乗って神守の領域に向かった。 刀主様に挨拶をする時間も、先生と2人きりで話す時間もない。 先生は助手席に座っているから、こちらからは横顔を伺うことしか出来なかった。  先生は、何か隠している。 いや、隠しているというよりも、俺に言わないんだ。 俺がまだ、先生の中で子どもだからなのか。 それと

  • 灯火の番   第十二話 ③

    「しんじゃ、だめだよ」 俺は、ぽろぽろと泣きながら白い人の頬に手を当てた。 ぬるりと赤い血液が手に絡みついて、頬は冷たいのに血液はあたたかいのが、とても不思議だった。 男の人は何とかうっすら開いていた目を閉じて、すぅと深く、息を吸う。 あったかい。 唇からほんの少しの音を乗せて、男の人はそう言って、ちょっとだけ笑った。  それだけのことでなんであんなに泣けたのかは、わからない。 わからないけれど、幼い俺はその言葉が凄く悲しくて、ベソベソ泣いた。「ねぇ、しなないで」 溢れた涙とか鼻水が男の人に落ちてしまうとか、汚してしまうとか。 子どもだった俺には、そんなことを考える余裕もなくって。 ただ「しなないで」と言いながら、わぁわぁ泣いた。 最早、男の人の刀を掴む手には、力は入っていない。 しかし指先がほんの少し動いて、子どもの手をそっとつまむ。 まるで俺の体温を確かめるような動きに、俺はぎゅうと刀の柄ごと男の人の手を握った。  あぁそうだ、と思う。 あの時から、その人は──先生は、俺の身体のどこかをよくつまんだものだ。 指先に、頬に、袖。 目元や鼻先をつままれた時には、俺も仕返しに同じ場所をつまんでやったものだった。  結局あの後、俺の泣き声に気付いた両親に助けられて先生は命を拾った。 けれど、成長した今考えれば、おかしなことだらけだ。   なんで、刀持ちが一人であんな場所に居たのか。 先生が五家目の家の人間だとするなら、部下か灯守が近くに居てもおかしくはなかったはずだ。 なのに先生は一人で、全身を真っ赤に染めて、死にかけていた。 まるで何者かに体温を全て奪われたような、冷え切った身体。 でも俺の生家で保護された後、先生は高熱を発して数日間意識すら戻らなかった。「先生」  ノロノロと先を歩く先生の背に、声を掛ける。 夜間に降り積もった

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status